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前橋地方裁判所 昭和46年(ワ)61号 中間判決 1973年3月19日

原告(被参加人) 甲野一郎

<ほか二名>

右被参加人三名特別代理人 長谷川武

被告(被参加人) 株式会社太陽銀行

右代表者代表取締役 河野一之

右訴訟代理人弁護士 竹腰武

参加人 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 熊川次男

江村一誠

主文

原告らが被告に対してした昭和四六年三月一一日受付の本件訴提起行為(昭和四六年(ワ)第六一号預金払戻請求事件)は無効である。

参加人が被参加人ら(原告三名)に対してした昭和四七年一月二六日受付の本件参加申立行為(昭和四七年(ワ)第一七号当事者参加事件)は有効である。

事実及び理由

(事案の概要)

一、本件訴訟は別紙一覧表記載の各定期預金債権につき、夫々原告らの名義であったのが被告より勝手に甲野太郎名義に書換えられたとして、原告ら三名より被告に対し右各定期預金債権の支払を求めるものである(以下単に本訴という)ところ、参加人甲野太郎より原告ら三名及び被告を相手として右各定期預金債権の権利は参加人に帰属する旨の確認を求めて当事者参加した(以下単に本参加という)ものである。

二、右原告甲野一郎は昭和三六年九月一九日生、原告甲野春子は昭和三三年一一月二日生、原告甲野夏子は昭和四二年八月三日生でいずれも未成年者であり、その親権者は父が当事者参加人である甲野太郎、母が甲野花子である。

三、(一) ところで、本訴の提起は親権者たる母甲野花子のみが法定代理人として原告ら三名を代理し昭和四五年一二月二二日弁護士丸山勇之助に訴訟代理を委任し、以て昭和四六年三月一一日これをなすに至ったものであり、他の親権者たる父甲野太郎は右訴訟を代理しておらず、これに代る特別代理人による代理もない。

なお、丸山勇之助は昭和四七年七月三一日右訴訟代理を辞任した。

(二) 又、参加人はその申立に原告ら三名を相手方としているが、右三名の特別代理人として長谷川武(以下単に特別代理人という)の選任を昭和四七年一月一九日前橋家庭裁判所において受けた上、同年一月二六日参加の申立をするに至っている。

そして、当事者参加の申立書中被参加人欄には右特別代理人の表示はあるが、他の親権者母甲野花子の表示はない。

(当事者の主張)

右のように本訴及び本参加については親権を行う父と子と利益が反する場合があるとみられるから、私法行為又は訴訟行為についてその子たる原告ら三名を代理するにはどのような取扱いがなされるべきか、ないしこれに背反する場合にどう処理さるべきかについて争があるのである。

一、原告ら三名訴訟代理人であった丸山勇之助はつぎのとおり主張する。

本訴は父と子の利益相反行為であるから父甲野太郎は親権を行使しえず、単に母甲野花子において単独で代理権を行使すべきである。

又、右利益相反する父甲野太郎は本参加を申立てる資格はない。

二、参加人訴訟代理人である熊川次男、江村一誠はつぎのとおり主張する。

本件の場合親権者父甲野太郎は親権を行使することができないのは勿論であるが、他方の親権者母甲野花子も単独で親権を行使することができず、民法第八二六条第一項に規定される子らの特別代理人が選任されなければならない。

そして、右特別代理人が選任された場合、この特別代理人は独自且つ単独で親権を行使すべきであり、他方の親権者母甲野花子の親権は停止されるべきである。

又、右民法第八二六条に基く特別代理人は原則として民事訴訟法第五六条の特別代理人に就任されるべきである。即ち、右民事訴訟法第五六条の特別代理人は民法第八二六条の特別代理人を選任する時間の余裕等なく、遅滞による損害が明白となるような場合にのみ裁判長の許可を得て選任されるものであって、かかる特段の事情のない限り、右民事訴訟法第五六条の特別代理人は選任されるべきではなくその必要がない。

三、特別代理人長谷川武はつぎのとおり主張する。

当特別代理人は民法第八二六条第一項に基き親権者父甲野太郎に代って被参加人(原告ら)三名のため選任されたのであり、他の親権者があるときはこれと共同してのみ親権を行使しうるのである。即ち、親権者母甲野花子と共同してのみ有効な法律行為をなしうるにすぎない。よって、同人を除外し被参加人(原告ら)三名及びその代理人として当特別代理人を表示してなした本参加は却下すべきである。

(当裁判所の判断)

第一  当裁判所は職権で本訴原告ら法定代理人親権者母甲野花子(以下単に母甲野花子という)及び参加人本人甲野太郎(以下単に父甲野太郎という)を各尋問した。

第二よって判断するに、

一、(一) ≪証拠省略≫によると、右甲野太郎と甲野花子は夫婦であり、原告ら三名は右両名の子でいずれも未成年者であるが、甲野花子は昭和四六年六月二〇日ごろ、右原告ら三名を連れて甲野太郎の肩書住居地を出奔して別居し、爾来親戚の者らの甲野太郎の許に帰来して同居するよう再三の勧めがあったにもかかわらずこれに肯ぜず、又前橋家庭裁判所において甲野太郎より同居を求める調停申立事件等があったが不調に終り、更に現在同裁判所において甲野花子より婚姻費用分担を求める調停が提起され係属中であって、甲野太郎と甲野花子は事実上の離婚状態にあり、原告ら三名は目下甲野花子において生活全般に亘って面倒を見、父甲野太郎との交流は事実上絶たれていることが認められ、これに反する証拠はない。

(二) そして一件記録によれば、つぎの事実が明らかである。

(1) (イ)母甲野花子が昭和四五年一二月二二日原告ら三名の親権者として弁護士丸山勇之助に本訴の訴訟委任をしたこと、(ロ)昭和四六年三月一一日同弁護士は本訴の訴状を当裁判所に提出し訴訟係属の後、(ハ)右訴状を同年四月三〇日の本件第一回口頭弁論期日に陳述していること。

(2) 又、右弁護士は(イ)同年七月一二日の本件第二回口頭弁論期日において同日付準備書面を陳述し、(ロ)同年一二月六日の本件第四回口頭弁論期日において証拠申出を行っていること、(ハ)昭和四七年一月二六日の本件第五回口頭弁論期日において同日付準備書面を陳述し、(ニ)同年三月一日の本件第六回口頭弁論期日において当裁判所の求釈明に応じて本訴の法律関係を明確にし、且つ参加申立に対する防禦方法(参加の申立及び理由に対する答弁)を行い、(ホ)同年七月一九日の本件第七回口頭弁論期日において本参加申立に対する同日付答弁書を陳述していること。

(3) 甲野太郎は(イ)昭和四七年一月一九日前橋家庭裁判所において民法第八二六条第一項による特別代理人長谷川武の選任を得、(ロ)弁護士熊川次男、同江村一誠に本参加の訴訟委任をし、(ハ)同弁護士らは同年一月二六日原告ら三名及び被告を相手とし、右原告ら三名の代理人として右特別代理人をのみ表示して本参加の申立をし、(ニ)同年三月一日の本件第六回口頭弁論期日において右申立書及び同日付準備書面を陳述していること。

(4) 右特別代理人は同年九月六日の本件第八回口頭弁論期日において同年七月一九日付準備書面を陳述していること。

二、(一) ところで、本訴は前掲事案の概要欄一項記載のとおり別紙一覧表記載の定期預金債権即ち、証券番号、発行日、期日によって夫々特定された債権についてその特定債権の権利が原告ら三名と甲野太郎のいずれかに帰属するかが争点となるものであるから、右権利が原告ら三名に帰属することを主張して右債権の支払を求めることを目的とする本訴の提起ないしその準備たる訴訟委任をその子である原告ら三名の法定代理人として親権者たる父甲野太郎に委ねるのは右子らのための利益保護を充分に期待することができないものといわなければならない。すると、右本訴の提起は原告ら三名とその父甲野太郎との利益が実質的にも相反する場合であること明らかであって、民事訴訟法第四五条、民法第八二六条第一項の適用があり、親権者はその子のために特別代理人の選任を得なければならない。もっとも、本欄第二項一(一)記載のとおり現在原告ら三名の父母は別居中であり、父甲野太郎は親権の行使につき事実上の障害があり、そのような場合は一方の親権者たる母甲野花子のみが原告ら三名のため親権を行使すれば足り、右特別代理人選任を必要としないとする見解もないではないが、そもそも民法第八一八条第三項は親権の行使は父母の一方のみがこれをしたのでは必らずしも子の利益保護に充分でないところから父母が共同してこれを行うことを原則とし、唯法律上の障害もしくは事実上の障害があって、親権者の一方が親権を行使しえない止むを得ない場合には他の一方の行使で足りる例外的場合を規定したものであり、且つ同条は右両者の場合をともに規定している総則的規定であって、同法第八二〇条ないし第八三三条の規定は同法第八二五条のように特に断わらない限り、原則として右両者の場合もともに適用があると解すべきであるから、同法第八二六条第一項は親権者の一方がその子と利益が相反し、他の親権者がそうでない本訴の場合にもその適用があるというべきである。実際上も本訴については本件第一回口頭弁論期日に至るまでの本欄第二項一(二)(1)の原告らの行為は父母の同居中の出来事であり、同欄同項一(二)(2)の行為は右別居中の出来事であるが、右別居という偶然の出来事によって、右規定の適用が左右される理由はなく、又夫婦が別居中で一方の親権者が親権を行使しえない場合でも、その親権者が子と相反する行為の当事者となる事例が本参加のように皆無とはいいえず、その場合他方の親権者丈の親権の行使で足りるとするのは子の利益保護に充分であるといえないからである。そして、この場合は一方の親権者は他の親権者につき生じた個人的事情によって自己の親権の行使を妨げられる理由はないから、共同親権者のうち利益の相反しない他の一方は、なんらその親権の制限を受けないものというべく、かくして右の場合は選任された特別代理人と利益相反関係にない他の親権者とが共同で子を代理するということになる。民法第八一八条第三項但書は当該親権者の親権行使に際しての判断に他の親権者の影響は考慮する必要がなく、子のために自由に判断し得る場合に限って適用されるべきである。

すると、本訴の場合は原告ら三名が適法に訴訟行為をするには、民法第八二六条第一項によって選任された特別代理人と他の親権者たる母甲野花子が共同して右原告ら三名を代理しなければならないということになる。そして、右の理由は本参加についても同様に妥当し、被参加人が右につき応訴するには特別代理人と他の親権者たる母甲野花子が共同して代理しなければならないということになる。

なお、本参加について被参加人のため特別代理人長谷川武が選任されているが、当該特別代理人の権限は選任の目的となった当該利益相反行為に限るべく、右特別代理人は参加人より原告ら三名を被参加人とする別紙一覧表記載の定期預金債権の確認請求事件を提起するについて相手方代理人として選任されたものであることは一件記録上明らかであるから、右特別代理人は右参加に対する防禦方法を代理して行うことができるのみで、これを以て同時に本訴における原告ら三名の特別代理人と解するわけにはゆかない。

(二) 以上のとおりであるとすれば、民法第八二六条第一項の措置を講ずることなく、親権者母甲野花子のみが原告ら三名の法定代理人として弁護士丸山勇之助に本訴追行の委任をしたのは無権代理行為というべく、且つ同弁護士が本訴を提起したのは訴訟法上も無効であるというべきであるが、なお民法第八二六条第一項による特別代理人選任のうえ右委任行為を追認し、且つ民事訴訟法第五四条により本訴提起行為ないしその後の訴訟行為(前掲一(二)及び(2)所定の行為)を追認しうる余地があるので、別途補正命令においてこれを補正させることとし、本中間判決においては右本訴提起行為を無効と宣言するに止める。

(三) なお、参加申立書には被参加人代理人として特別代理人長谷川武のみを掲げ、親権者母甲野花子の氏名を掲げていないところ、右は利益相反関係にない親権者と特別代理人が共同して親権を行使すべきであるとする前掲の見解からは表示上の脱漏ともいえるが、そもそも参加申立書には最少限度当事者能力を具有する被参加人本人の表示があれば足りるというべく、本参加申立書に右の記載があることは一件記録上明らかであるから、その記載事項に欠けるところはなく、殊更に無効視する必要はない。

すると、参加人のした参加申立行為は有効であるのでその旨宣言することとする。

三、よって主文のとおり判決する。

(裁判官 宗哲朗)

<以下省略>

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